小さい頃、近所に商店街があった。
何百回も通ったその商店街は今でも俺の中で大切な思い出として残ってる。
小さい頃、俺の小遣いは学年×100円だった。
小学3年なら300円、といったカンジだ。
俺は小遣いの貰える月初めになると、
数百円をマジックテープの付いた財布に入れて商店街に走っていったもんだ。
いつもは駄菓子屋に行っていた。
10円でクジを引いたり、キナコ棒を食ったり、30円のビデオゲームをやったり。
その頃のビデオゲームはファミスタが流行ってたんだ。
そこの駄菓子屋で一番の贅沢といえば、
60円のラーメンを食いながら10円のガムを噛んでゲームをするというモノだった。
一気に100円使うというこの贅沢を俺も一度しかやった事が無かった。
30円のビッグカツとかも食ってたナァ。
ホームランバーアイスも30円だったしなぁ。
そうそう、30円といえばビックリマンチョコだ。
俺が小学3年くらいの時はスゴイ人気で一人3個までしか買えなかったんだ。
緑の袋と黄色の袋があって、みんな黄色ばっかり買って行った。
俺も黄色ばかり選んで買ってたっけな。
ビックリマンシールもいっぱい持ってたっけなぁ。
ビックリマンアイスのシールは邪道扱いされたんだ。
正統派はチョコのシールしか集めなかったっけ。
メンコはアニキのお下がりだった。
200枚は持ってたと思う。
近所の一つ年下の女の子が引っ越す時にあげちゃったけどね。
二枚張り合わせたインチキメンコもその中にあったはずだ。
キン肉マン消しゴムも200体くらいあったっけなぁ。
技をかけたまま輪ゴムで固定したりもしたっけ。
それらも駄菓子屋で買ったんだ。
60円の飛行機もパチンコもルービックキューブもスネークキューブもあった。
今思うと、かなり濃い駄菓子屋だったような気がするな。
こんなカンジで小遣いの半分以上は駄菓子屋で飛んで行ってた。
たまに200円のハトのエサを買ったり、100円の揚げまんじゅうを買ったりもしたな。
金が無くなると、金を使わない遊びをするか、金を稼ぐ手段を探してた。
金を稼ぐ手段は主に二つあった。
自動販売機の下に落ちてる小銭を拾うのが一つ。
もう一つがビール瓶を集めて酒屋に持って行くことだった。
今でもそうだと思うのだが、ビール瓶は酒屋に持って行くと一本5円で引き取ってくれる。
日本酒の一升瓶は10円で引き取ってくれる。
俺は団地の廃品回収用の物置からビンを持って来て酒屋に流していた。
ビール瓶20本で100円ってトコだ。
ビニール袋にビール瓶を5本ずつ両手に持って50円。
2回往復して100円。
小遣い300円の俺にしてみりゃ簡単で稼ぎが良かった。
ビールケースはもっとオイシイ。
アレは一箱200円で引き取ってくれるのだ。
その辺に転がってる小汚いビールケースを水道で洗ってジャングルジムで干して、
キレイに乾くまでその辺でカンケリをしてから酒屋に持って行ったりもした。
たまの日曜はホカ弁を買いに行ったりもした。
俺はそれがちょっと楽しみだった。
オカンはなるべく昼飯を作ろうとしていたが、
疲れて休みたい時は俺が弁当を買いに行った。
俺はいつも買って帰るのが遅かった。
何を食べるのか迷うのもあった。
いつもから揚げ弁当にしようか、ノリ弁+何かを買うか迷ってた気がする。
セブンイレブンのブリトーも俺を誘惑していた。
昼飯は俺だけ500円以内と決められていた。
金額を決めないと俺は際限無く買ってくるからだ。
他の兄弟は『食えりゃ何でもいい』というカンジだった。
『俺、から揚げ弁当』とか『私はノリ弁でいい。』とか。
俺はから揚げも食べたいけどノリ弁に付いて来る白身魚も食いたいし、
セブンイレブンのブリトーも菓子パンも食いたかったんだ。
500円をどれだけギリギリまで使えるか、30分くらい迷っていた。
結局は他のヤツが食ってるモノを羨ましがってたが。
→次回に続く。
2005/08/10
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