俺は木の枝に糸を張り巡らせて巣を作る。
そこは寝床であり、狩場でもある。
巣を張るのは得意だ。
俺は誰よりも上手く巣を張り巡らせる。
巣には縦糸と横糸がある。
足場になる縦糸と獲物に絡み付く横糸。
俺は横糸に触れた獲物を狙う。
横糸に触れない者は様子見だ。
そして横糸に絡まった獲物は揺さぶってみる。
ますます絡まるように。
横糸に触れない者とは話をしてみる。
偶然か故意かを確かめるために。
偶然なら揺さぶる。
故意なら仲間にする。
完全に絡まった獲物には口から糸を吐き付け、縛り上げる。
すぐに喰らうか、保存食にするかは後で考える。
今まではそうだった。
俺の巣に掛かっているチョウの死骸を見てあの子は泣いた。
俺は『助けたかったが取れなかった』と嘘を付いた。
彼女は巣に来なくなった。
俺は獲物を取らなくなった。
それから数ヶ月が経った。
俺はあれ以来、狩りをしていない。
朝露と花の蜜だけで過ごしてきた。
ここらの花も萎れてきたので風に乗って新たな土地に移ろうとしていた。
その途中、遠くから同族のオスの悲鳴が聞こえて来た。
それは恐怖に怯える断末魔の叫び。
死に直面した者の最後の声にしか聞こえなかった。
俺は警戒しながら声のした方に近付いていった。
見た事も無い恐ろしい敵が潜んでいるのかもしれない。
だが、俺はそれほどまでに恐ろしい敵を一目見てみたかった。
なに、今までも恐れるものなど無かったのだ。
それに見付からなければ良いだけだ。
枝葉の陰に隠れながら慎重に、確実に近付いていった。
俺が見たモノは血まみれのオスの死体と、
恍惚とした表情でそれを喰らう彼女だった。
俺は恐怖に怯えた。
オスは頭から喰われたらしく、胸から上には何も無かった。
茫然と立ち尽くしている俺を発見した彼女は動じる様子も無く、
ニッコリと笑ってゆっくりと近付いてきた。
『ど…どうしてこんな…。』
俺は体が震えてそれ以上は言葉に出来なかった。
彼女はクスッと笑って言った。
『生きるためよ。』
俺は憤り、彼女に言い放った。
『生きるためなら!他の虫を捕まえれば良いだろう!?
なぜ、なぜ同族を殺したんだ!』
彼女はそれを嘲笑うかのような態度で答えた。
『同族を食べるのが一番、理に適っているからよ。』
俺には思いもよらない事だった。
彼女は何を言ってるんだ?
俺は混乱した頭を必死に落ち着けようとした。
うつむいて考え込んでいると俺の背後に彼女が忍び寄っていた。
次の瞬間、俺は彼女に抱きしめられて首に牙を立てられた。
彼女の毒が俺の体内に注入され、意識が遠のいてきた。
『あなたは殺したくなかった。』
彼女はそう呟いた。
俺は彼女の顔を見た。
また、あのチョウを見る時のように悲しそうな顔をしているのだろうか…。
消えゆく意識の中で最後に聞いた彼女の声は笑いが混じっていた。
『長い間、断食した同族は美味しいでしょうね。まだ早いと思っていたけど。』
2005/05/31
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