俺のたわごと

ま、たわいのないことばっか書いてますけど暇なら見てね。
日々の考え事、昔の事などが書いてあります。

 463   美術という教科。
 
高校の時、3科目から1つ選べと言われた。
なんかよくわかんねぇけど、何かしら芸術科目を選択をしなきゃいけないらしい。
 
出された選択肢は書道、音楽、美術の3つ。
別にそんな方向には全く興味が無かった俺は消去法でそれを選んだ。
 
:書道:
俺は左利きだからパス。
ガキの頃から書道だけは右手でやらされてイヤな思いをしてる。
書き順ってのは右利きのヤツが作ったもので、左利きには面倒でたまらない。
一体、どこの右利きバカが作ったんだ。
ホントに右利きの人間ってのはロクな事を考えねぇな。
 
そんな理由で書道は却下。
 
:音楽:
楽器をやらなきゃいけないらしいのでパス。
俺は考える事がいっぱいあるんだ。
楽器の弾き方やら楽譜の見方なんぞ入れてる脳の余裕はねぇ。
せめてボーカルとかアリにしろよ。
ボイトレだったら喜んでやるのに。
 
そんな理由で音楽も却下。
 
:美術:
クロッキーは得意な方だ。
中学の頃、下書きだけは上手かった。
 
そんな理由で選択希望用紙の美術のトコに○をした。
 
 
後日、美術の授業があった。
担当は生徒からも好かれてるオバちゃんの先生だった。
最初に「5回の授業で風景を好きに描いてください。」と言われた。
 
俺は授業中に外に出るのが楽しかった。
いや、しょっちゅうサボってはいたが、堂々と外に出れるのが嬉しかったのだ。
 
俺は絵を描かずに公園を散歩したりタバコを吸ったりしていた。
毎回毎回、そうやって時間が過ぎていった。
 
「そろそろ描かなきゃヤベェな。」
そう呟くと、ツレ2人は驚いた顔で俺を見た。
「えっ、有也…全く描いてないの?」
俺は逆に驚いた。
「えっ?オマエら書いたの?」
「うん。もう仕上げだけかな。」
2人は俺がサボった日にほとんど描き上げてしまっていた。
 
 
いざ、白紙を目の前にするとウンザリした。
『こんなの写真撮ればいいじゃん、メンドクセェなぁ。』
なんか時間がすごく勿体無いような気がしてきた。
 
俺はこんな何も感じない風景は別に描きたくない。
見慣れた景色とはいえ、特に愛着も無い。
それでも課題を仕上げなくては単位はもらえない。
 
将来、芸術方面に進むわけでもないのに、なんで芸術選択なんてモンがあるんだろう。
心の趣味にでもしろってか。くだらねぇ。
そんな時間があったら倫理の授業でもやってくれねぇか。
俺は芸術よりも、もっとリアルな人の内面を知りたいんだ。
 
そんな事を言っても課題が無くなる訳じゃない。
ここで俺はいつもの必殺技を使うことにした。
中学の頃からやってるインチキ描画法だ。
 
下書きもせずにスポンジにいきなり絵の具をベタッと付けてトントントンと点画を描く。
そうすると何とも言えない独特の風合いが出る。
わざと暗めの色を使ったりして紙を汚すと努力して描いたようにも見える。
 
これを見せると先生が「これは何で描いたの?」と聞いて来た。
そこで「これはスポンジです。この独特のタッチが出したかったので。」と言うと、
「これは面白いね。」と美術の先生も一発でOKを出してくれた。
 
そして余った時間で俺は存分に遊び回っていたんだ。
空想の世界を描くのなら、もう少し絵に興味が沸いていたかもしれない。
 
 
そういえば、このインチキな描き方を思い付いたのは中学の時だった。
 
 
中学1年の時、美術の女教師に決められた方法で絵を描く事を強制された。
その時の課題は静物画を描くこと。
俺の班のテーブルには体育館履きがあった。
何でこんな汚ぇ靴なんぞを書かなきゃならないのかが疑問だったが、
とりあえずは描かなきゃ授業も終わらないんだろうと思って描き始めた。
 
その時、俺の席からは靴が真正面に見えていた。
他の人は横からとか上からとかの構図で描いていた。
それは見えている通りのモノではなく、『靴らしい絵』だった。
俺は自分の席から見えている通りに描いた。
片方は靴のつま先の真正面だったので、絵にするとよくわからないモノになった。
 
それを提出すると美術の先生は「なにコレ?どこから見て描いてんの?」と言って来た。
「いや、俺の席の真正面から見たらこうなんですよ。」と言うと、
「靴はこんな風に見えないでしょう。」とケチを付けてきた。
「真正面から見たらこう見えるでしょう。実際に見て下さいよ。」と俺は反論した。
そこからしばらくはああでもないこうでもないと口論になった。
最終的に「じゃあもうそれでいいから色塗って出しなさい。」と言われ、心底ムカついた。
 
いちいち絵の具を出して手を汚す美術ってもんがそれほど好きじゃなかったが、
この一件で俺はますます美術が嫌いになった。
クロッキーは簡単なので好きだったが、水彩画に関してはトコトン手を抜くようになった。
 
手抜きした事がバレないような絵を提出して、
その教師に合格をもらう事でその教師を内心笑っていた。
その時に編み出したのが、このスポンジ描画という方法だった。
『無難な絵しか描けないくせに人にケチを付けるなよ。』と思っていた。
 
その件が無ければ美術という教科にも少しは興味が沸いていたのかもしれない。
まぁ、今ではそっちに興味が沸かなくて良かったと思っている。
そっちに余計な力を使わないおかげで今の自分があるのかもしれないから。
 
そういう意味じゃ、あのババアにも感謝するべきか。
 
 
2006/11/28


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