迷子の女の子・・・赤
有也・・・・・・・・・・青
駅員・・・・・・・・・・緑
迷子の女の子を発見。
最初、その子は駅員さんに事情を話しながらその子は泣いていた。
俺はなんとなく気に掛かったので、二人の話を立ち聞きしていた。
「もう何回も同じトコを、ヒック。行ったり来たりしてるんだもん、ヒックヒック。」
そりゃかわいそうに。
彼女はもう泣き過ぎてヒックヒックとえづいちゃってる。
駅員の説明が聞こえてくる。
「中野駅に行ったら東西線乗り換えて、次に高田馬場駅で…。」
必死で乗り換えの説明をしているけど、どうにもその女の子は理解出来てない様子。
俺は駅員に声を掛けた。
「俺が連れて行こうか?中野駅なら俺もよく知ってるし。」
「え?あ、お願い出来ますか?目白まで行きたいらしいんですけど。」
『目白?行った事ねぇ〜。目白って目黒の隣?っていうか目黒区って杉並の南だっけ?』
心の中でそう叫びつつも、不安な表情を浮かべては余計にこの子を不安にさせてしまう。
そう思った俺は「目白ね。わかりました。」と駅員にサラっと言い、
その子に視線を向けて「よし!じゃあ行くか!」と100万ドルの笑顔で言った。
無駄な笑顔も眼中に入らず女の子はまだ泣いている。
『今の笑顔は高いぜ、お嬢ちゃん。君が20才を越えてたら金を請求してたほどだ。』
などと心の中で思った。
「とりあえず中野に行こう。俺がついてりゃ迷わないよ。大丈夫。」
そんな感じで励ましながらホームに着いた。
ホームに着いても女の子はまだ泣いてる。
「もう泣かないで。大丈夫だから。」
するとその女の子は初めて口を開いた。
「色んな人に聞いたけど、ヒック、みんな嘘を教えるから、ヒック…。」
「え〜?嘘を教える大人がそんなにいっぱいいるのか〜?」
どういう事なのかはわからないが、女の子はそれで訳がわからなくなって泣き出したらしい。
「それがホントならヒデェ大人も居るもんだなぁ。」
とりあえず二人で中野駅に向かった。
「バレーに行かなきゃいけないのに、もう間に合わないよ。」
女の子はそう言ってまた泣き出した。
習い事に遅刻してしまっている焦りもあるらしい。
「まぁ、そう言わずに。とりあえず行くだけ行ってみようぜ。」
俺はヘタに同情せずに淡々とそう言っておいた。
ちなみにこの時、俺の頭の中では、
『【習い事のバレー】→【バレーボール】→【地域のママさんバレー】』が思い浮かんでいた。
実際は踊る方の「バレエ」だったのだが。
中野に着いて東西線の4番ホームに行き、停まっていた東西線に乗り込んで腰を降ろした。
「この電車でいいのかな?」
一瞬、不安になったので電車から顔を出して見ると『東葉勝田台行き』と書いてある。
そんな駅は数回しか聞いた事がない。
しかし路線図を見るとどうやら方向は合ってるらしい。
「合ってるっぽいや。違ったら戻ればいいか。」
俺はそう言って再び腰を降ろした。
電車はなかなか出ない。
とりあえず女の子にこの電車で正しいという事を路線図を使って証明する事にした。
彼女の中の『もう迷いたくない』という不安を和らげようと思ったのだ。
「今がココ。【中野】って書いてあるでしょ?で、この電車は東葉勝田台行き。
つまり、ココだね。あ、東葉勝田台って終点なんだねぇ。
つまり電車はこっちに向かってるわけだ。
で、中野から東葉勝田台行きの方向に2駅進むと高田馬場。」
女の子はうなずいた。
どうやらわかってもらえたようだ。
しかし俺は東西線に乗った事が無い。
大丈夫かなぁ。
しばらく待っているとアナウンスが聞こえてきた。
「え〜先に五番線から東西線出発致します。」
女の子は声を上げた。
「あ、向こうの方が早いみたい。」
振り向くと五番線に同じ方向に行く東西線が停まっている。
「あ、ホントだ。でも今から行っても間に合わないからコレが出るのを待とうよ。」
その時、俺はそう言いながら五番線にいる電車を見てひらめいた。
「最初に中野で人に聞いた時、
『東西線に乗るならココで待ってなさい』
と言われたのに、乗ったら違う駅に着いた。」
とこの子はさっき言っていた。
その時に居たのはきっと五番線だったのだろう。
中野の五番線は総武線と東西線が両方来る。
この子は間違えて総武線に乗ってしまったんだろうと思った。
高田馬場に着くまでの間、その子は母親に電話していた。
しかし東西線は地下鉄。
もちろん走行中は圏外だった。
「あとで掛ければいいよ。今は地下で通じないから。」
そして高田馬場に着いた。
どうやら山手線に乗り換えるらしい。
ここで予想外の展開になった。
俺が持っている定期では中野までしか乗れない。
そして高田馬場から山手線への乗り換えでは一度出て精算しなければならないのだ。
ちなみに東西線高田馬場駅からJR線に乗り換える時には一度清算して出る必要がある。
俺の所持金は350円。
このまま山手線のキップを買って目白で改札を出ずに高田馬場に戻るとしても、
俺の所持金ではもう一度東西線で中野に戻る事は出来ないじゃないか。
これは参った。どうしよう。
でもこの子を見過ごせないなぁ。
えーい、後で考えよう。
今はこの子を目白に連れて行くのが先だ。
そんなこんなで地下鉄の改札を出た。
清算に掛かった金額は160円。残金190円。
そして山手線のキップを買う。
初乗り130円。残金60円。
「しまった!子供キップを買えば良かった!」
アイタターと思った時にはもう遅い。
既に購入してしまった後だった。
「大人だからダメだよ!」
笑いながら子供にツッコまれてしまった。
「お兄ちゃんは悪い人だからへっちゃらなんだよ。」
「ホントにやった事あるの?」
「あぁ、お兄ちゃんも昔はお金なんか払わないで電車に乗ってたもんだ。」
「いけないんだ!」
「悪い人だからいいんだい!」
そう言って笑い合った。
どうやら、ようやくリラックスしてくれたみたいだ。
さっきまで流してた涙はもう乾いている。
さて、山手線でも色んな話をし、目白に着いた。
子供からすると電車とホームの隙間はちょっと怖いらしい。
それに気付いた俺は後ろからその子の両肩を押さえつつ降りた。
『自分の子供と出掛ける時はそういう事も気にしないと。』
なんて思いながら。
目白には着いたが、バレエ教室が終わるまで残り30分しかない事がわかった。
この子は俺と会った時、既に1時間くらい迷ってしまっていたのだ。
しかも大人に何度もウソを教えられたと思い込んで。
実はこの子に目白の行き方を聞かれた大人は嘘をついたのではなかった。
東西線の乗り方を聞かれた大人は中野の5番線を教えたか、
もしくは新宿まで総武線で行き、その後で山手線で目白に行くというルートを教えたのだ。
この子にはそれがわからず、『いつもの駅じゃない。』と気付いては引き返したのだ。
東西線と総武線を電車の色だけで判断する事は出来なかったのだ。
いつもは友達も一緒に行くのだが、今日は友達が休みで、
さらにいつも同じ時間に来る電車に乗っていたのが今日に限って少し遅れたのだ。
習い事の時間に遅れるという不安、大人にウソを教えられたという思い込み、
それらが織り交ざって泣いてしまったのだろう。
さて、話を戻そう。
あと30分しかないと知った彼女は、
「今から行って着替えても練習する時間が無い。」と言った。
確かにそれだけでも行かないという理由には充分だ。
だが、本当は一人で帰るのがイヤだと思うのもあったのだろう。
そう思った俺は、
「もし行くんだったら帰りの電車がまた一人じゃわかんなくなるだろ?
バレエが終わるまで俺がココで待ってようか?」と言った。
駅を出たらキップを買う金も無いしね。
彼女は「行っても先生に怒られるからいいの。」と言った。
「え?怒りっぽい先生なの?」と聞くと、
「何で遅れるの、もう時間が無いでしょ。って言われるよ。」
と、彼女は先生の口調をマネしながら言った。
「そっか。じゃあ阿佐ヶ谷まで帰ろっか。俺も同じ方向だし。」
そう言って俺たちはまた階段を下った。
この子を強制的にバレエに行かせる意味は無いわけだし。
しかし、俺の手には130円のキップ。
どうしたものか。
その時、俺はピーンとひらめいた。
『何も地下鉄経由で帰る必要はないな。むしろ新宿まで行けばいいか。』
「ねぇ、本当は新宿を通って行った方がわかりやすいんだよ。
だからみんな総武線に乗る事を薦めたんだ。帰りは新宿を通って帰ろう。
そうすりゃ俺もキップをまた買わなくてもいいんだ。
第一、普段からも新宿から行けばいいのに。」
「新宿は大きすぎてわかんないんだもん。だから使わないの。
それにいつもは阿佐ヶ谷から高田馬場まで一本で行けるの。」
「へぇ。阿佐ヶ谷って東西線が通ってるのかぁ。そりゃ知らなかった。」
「通ってるよー。」
「ま、とりあえず新宿を回っていこう。その方が覚えやすいと思うよ。」
そして俺たちは山手線に乗り込んだ。
帰宅ラッシュで電車は人が混み合っていた。
俺はその子が潰されないように周りの人間を押さえていた。
帰り道で「小学何年生なの?」と聞くと、
その子は明るく「3年生!」と答えた。
「小学3年生というと9歳か?」
「違うよ。誕生日が来たばかりで8歳。」
「そっか。」
『俺が18歳くらいの頃に子供を作っていたらこのくらいの年になってるわけか。』
なんて思いながらその子の学校の話を聞いていた。
色んな話をしてる間に阿佐ヶ谷に着いた。
「ママに電話してみな。」
「うん。」
母親はまだ電話に出なかった。
しばらくの間、改札の近くで話をした。
「何のお仕事してるの?」
「今は学生。その前は悪い仕事だよ。」
「悪い仕事って?」
「女の子を騙してお金を貰う仕事。」
「どうやって騙すの?」
「優しいフリをしたりするの。」
「そのお仕事知ってるー。確か・・・えーと。」
「ホストっていうお仕事だよ。」
いたいけな少女にロクでもない知識を与えてしまった。
しばらくして電話を掛けても母親はまだ電話に出なかった。
ひとまず駅を出て、連絡が取れるまで一緒に待つ事にした。
その子は改札の目の前にあるコンビニに入った。
「泣き過ぎて水分が無くなっちゃったからジュースを買うの。」
「そっか。いっぱい泣いちゃったもんね。」
彼女は照れくさそうに笑ってジュースコーナーに走っていった。
「届かない。取ってー。」
彼女の背ではまだ一番上の段にあるジュースは届かないようだった。
お菓子コーナーを色々見ていると、
「この中で何か一つ食べるとしたら何を選ぶ?」と聞かれた。
この子なりにお礼をしようと思ってるんだろう。
「俺は甘い物はあまり食べないんだ。男の人は大きくなるとお菓子を食べなくなるんだよ。」
そう言って俺は彼女に無駄遣いさせまいとした。
まぁ、甘い物があまり好きではないのは事実なのだが。
すると彼女は100円差し出してきた。
「はい。手ぇ出して。これで何か買って。」
「いいよ。俺は子供からはお金を取りたくない。そのお金でジュース買っておいで。」
二人でレジに向かった。
「はい。147円になりまーす。」
彼女は握ってた100円を置き、小銭をいっぱい出し始めた。
俺はポケットをまさぐって残りのお金を見た。
残金は60円。
俺は50円玉を出して「コレでお願いします。」と言った。
「え、いいよー。悪いよ。私、お金持ってるもん。」
「いいのいいの。小銭をジャラジャラ出すより早いじゃん。」
「ありがとう。ハイ、お釣り。あとレシート。」
「うわ〜いらねぇ〜。」
俺はタバコが吸いたくなって道路の方に行った。
灰皿は見当たらなかったが、俺は構わず吸い出した。
「あータバコ!クサーい!」
「アッハッハ。しかし、灰皿ねぇなぁココ。」
少女に副流煙を吸わせるのはイヤなので俺は離れて吸う事にした。
吸い終わると、俺は吸殻を四次元空間に葬った。
いや、早い話がマンホールの穴なんだが。
「どこに行ってたの?」
「タバコの吸殻を四次元空間に消し去ってやった。」
「あー!そこら辺に捨てたでしょー!」
「俺は悪い人だからいいのだ。」
ムチャクチャな事を言う大人だ。
時計は6時25分を指していた。
「ママは7時になったら迎えに来るの。」
どうやら俺がタバコを吸ってる間に連絡が取れたらしい。
俺は結局、7時まで一緒に待つ事にした。
アルプスいちまんじゃくやクロスジャンケンをして暇を潰した。
途中、俺のパソコンを見せてゲームで遊んだりもした。
『そろそろ7時になるな』と思っていた時、母親が来た。
「どうもスイマセ〜ン。ありがとうございます。」
迷子になったという事情も知ってるらしい。
でなければ得体の知れない若者と娘が一緒に居る所を見て焦るはずだ。
「ありがとね。」
「おう。もう迷うなよ。」
俺はそう一言だけ言って改札に入って行った。
改札を抜けて階段を登りきるまでの間、俺は一度も振り返れなかった。
わずか2時間の仲だったが、情が移るには充分だったんだ。
2004/06/03
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