俺の中では元サヤはありえない。
そこには俺なりの考えがあるからだ。
今回はそれについて説明をしようと思う。
中国のことわざにこんな言葉がある。
『覆水盆に返らず』
昔、中国の周という国に呂尚という人物が居た。
後に「太公望」と呼ばれる人物だ。
若い頃の呂尚は働きもせず、本ばかり読んでいた。
そんな呂尚にあきれた奥さんの馬氏はとうとう実家に帰ってしまった。
ところが呂尚はその後、周の文王に認められ、重臣として迎えられて大出世した。
それを知った奥さんの馬氏は後悔し、慌てて呂尚の元に戻ってきた。
「どうか、もう一度私を妻と呼んで下さい。」
呂尚は黙って鉢に入っている水を庭にこぼした。
「その水を元の鉢に戻せたら望みに応じよう。」
しかし、水は土にしみこみ、馬氏はわずかな泥しかすくえなかった。
そこで呂尚は言った。
「一旦、こぼれた水は鉢に戻せない。一度別れた者たちは二度と一緒になれないんだよ。」
一度してしまった事は取り返しがつかない。
全く同じ状態に戻す事は不可能だ。
別れるという事は少なくともどちらかに不満が芽生える事だ。
出会った頃のようなまっさらな気持ちに戻れる事は無い。
だから俺の中では元サヤはありえない。
また同じ不満が出てまた同じ事を繰り返すだけだから。
人間の根本はすぐには変わらない。
そして別れずに相手の不満をガマンをする事も筋違いだ。
一度でも自分を粗末に扱った相手を信じるのは愚の骨頂だと言えよう。
浮気については言語道断。
「失っても惜しくない」と思うから浮気するんだ。
2005/02/05
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