幼稚園の年少組の頃、俺の周りの子はみんなプールに通っていた。
幼稚園の帰り道で友達に「今日、遊ぼうよ。」と言うと、
「今日はプールなんだ」とか言われて羨ましくなったのを覚えている。
ある日、俺は「プール習いたい。」とオカンに言った。
オカンは「じゃあお父さんが帰って来たら聞いてみなさい。」と答えた。
親父の帰りを待って、「俺、プール習いたい。」と言ってみた。
すると親父は「すぐに飽きたりしないで続けるか?」と俺に尋ねた。
さすが親父。俺の性格をよくわかってる。
俺は『この場を切り抜ければ何とかなるだろう』と考えた。
そして、「うん。泳げるようになりたい。そしたら海で溺れて死ぬ事は無いから。」と言った。
すると親父は【タコ八郎】という芸人の話を始めた。
彼はプロボクサーから芸人になった変わり者で、泳ぎが凄く上手かった。
しかし、その彼も酔って海水浴をしている時に溺れて死んだ、という話だった。
…結局のところ、親父が何を言いたいのかはよくわからなかった。
幼稚園児に『酒を飲んだら泳ぐな。』とでも言いたかったのだろうか。
いや、『泳ぎが上手くても海は危険だから注意しろ。』と言いたかったのだろうか。
否。
今考えると親父はただタコ八郎の話を思い出したから言っただけなのだ。
だって、俺も思い出したら口にしちゃうし。
うん、きっとそうだ。
さて、そんなこんなで話が脱線した後、親父は兄貴にこう言った。
「お兄ちゃんも習うんだったらいいぞ。」
兄貴は「えぇ!?何で俺も!?」と驚いた。
俺はすかさず、「やった〜!」と言っておいた。
勢いで押し切ろうとしたのだ。
オトンは「お母さんが有也を連れて行けなくてもお兄ちゃんが連れて行けばいいだろ。」と、
兄貴にとってはありがた迷惑なプランを提供してくれた。
オカンも「そうね。それだったらいいかもね。」と納得していた。
既に兄貴に選択の余地は無かった。
兄貴は「チクショウ、オマエのせいで〜。」と俺にコークスクリューパンチを打ってきた。
俺は兄貴の回転するコブシに頬を強引に押されてブサイク顔になりながら、
「へっへ〜ん。もう決定だも〜ん。」と憎まれ口を叩いた。
それを聞いた兄貴は俺にこう言った。
「おっ、いいのかな?そんな事を言って。俺は今からでも断れるんだぜ。」
俺はそれを聞いてわざと『えっ…。』と泣きそうな顔をしてやった。
やはり兄貴は俺には甘かった。
「冗談だよ。俺もちょっとやってみようと思ってた。」と言ったのだ。
俺は半泣きしそうな表情をしながら、『ふっ、してやったり』と心で笑った。
そして、俺はプールに通わせてもらえる事になった。
もちろん、兄貴も一緒だ。
火曜日と金曜日の週2回だった。
大抵はオカンに送ってもらっていた。
兄貴と一緒の時もあったし、一人で自転車で行った時もあった。
しばらくの間は順調だった。
プールに通うのも楽しかったし、帰りに駄菓子屋に寄ってお菓子を買うのも楽しかった。
しかし、そんな楽しいだけのプールが怖くなった事があった。
次回へ続く。
2005/05/02
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