それは小学2年生のある日の事だった。
俺が習っていたスイミングクラブにはクラス分けがあった。
前回の進級試験で俺はクラスが一つ上になっていた。
それはコースが変わる事を意味していた。
俺は少し早めに来て受付に会員証を提出し、観覧席から自分のコースを確認してみた。
そのコースにはいつも水の中にあるはずの台が置かれていなかった。
前回までは普通に台が置いてあって、その上で授業を受けていた。
両側に台が置いてあって、そこを往復するという練習をしていたのだ。
ちなみにプールの水深は1.2mほどで、当時の俺の身長では立てないくらいだった。
普通に立ったら水の中に潜ってしまう事になる。
俺はビビリ、そして焦った。
「どうしよう、どうしよう。ずっと立ち泳ぎなんか出来ない。溺れて死んじゃう。」
もの凄く家に帰りたくなった。
こんなコースじゃ困る。
そして俺は受付で自分の会員証を返してもらおうと思った。
「あの…今日、やっぱり帰ります。」
受付のお姉さんは「なんで?」と理由を聞いてきた。
俺は【コースに台が無いから怖い。」とは言えなかった。
ビビリ野郎だと思われたくなかったのだ。
俺はヘタな言い訳をした。
「今日、持ってくるはずだったお菓子を家に忘れちゃったから帰る。」
その時、俺が幼稚園の頃からいる女の先生が事務室から出てきた。
「アリヤ、どうした〜?」
この先生は習い始めたばかりの頃から俺の事を『アリヤ』と呼んでいた。
俺は訂正するのも面倒なのでそれで通していた。
ちなみにこの女の先生は顔がゴリラみたいで男っぽい体育会系女だった。
きっと恋愛には縁遠かっただろうと思う。
受付のお姉さんは「お菓子を忘れちゃったんだって。」とその先生に言った。
先生は「お菓子忘れたの?じゃあやるよ。おいで。」と事務室に呼んだ。
そして俺は先生にペコちゃんキャンディーを2個貰った。
しかし、ちっとも嬉しくなかった。
これで納得しちまったら俺は溺れて死ぬ事になる。
俺は思いついたように先生に聞いた。
「あ、そうだ。今度3コースになったんだけど、あそこのコースって立つ台ある?」
「お、アリヤ受かったんだ。台?確かあったと思うよ。」
俺はそれを聞いても少ししか安心できなかった。
『この人、テキトーに言ってんじゃねぇだろうか。』と。
第一、さっき見たら無かったし。
そこで俺は自分の目でもう一度確認しようと思った。
「そうなんだ〜。じゃあそろそろ着替えようかな。お菓子ありがとう。」
そう言って俺は再び観覧席に向かった。
すると、プールの中で台を運んでいる先生達が見えた。
『あ、さっきは時間が早かったから違うクラスだったんだ。』
俺はそこでようやく安心する事が出来た。
結局、そこのスイミングクラブには8年間通った。
そして小学校を卒業すると同時に引越す事になって、そこを辞めた。
次回へ続く。
2005/05/02
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