野良ネコのサムは腹が減っていた。
食べ物を探して旅をしていると住宅街に辿り着いた。
「あ〜、腹が減って死んじまう〜。」
サムは歩き疲れて塀の上で寝ていた。
すると、どこからか美味しそうな匂いが漂ってきた。
見れば、犬小屋の前にエサの入った皿がある。
人間が用意した犬のためのエサだろう。
犬は小屋の中でぐぅぐぅと寝ている。
エサを食べようとしたら起きるかもしれない。
サムは塀の上から犬に声を掛けた。
「もしもし、そこのお方。」
犬はゆっくりと目を開け、辺りを見回した。
「ん…誰だい、俺を起こすのは。」
サムは頭を下げて言った。
「お休みのところ、大変申し訳ありません。」
犬は不機嫌に呟いた。
「野良ネコが俺に何の用だ?」
サムは犬に聞いた。
「あなたはこの家の番犬ですか?」
犬は低く唸って言った。
「そうだ。怪しいヤツが来たら吠えるのが仕事だ。」
サムは肩を落として言った。
「そうですか…お気の毒です…。」
犬は顔をしかめて言った。
「そりゃどういう意味だい。」
サムは首を振りつつ、こう言った。
「いや、例のセキュリティシステムと法改正の話ですよ。」
犬は首を傾げてサムに聞いた。
「なんの話かさっぱりわからねぇ。なんだそりゃ?」
サムは驚いた顔をして言った。
「おや、ご存知無いのですか…?あなたは何歳ですか?」
犬は答えた。
「俺は4歳だが。」
サムは同情した顔で言った。
「では来年ですね…。」
犬はイラついて言った。
「なんの話だ!?おまえさん、さっきからナニを言ってる!?」
サムはゆっくりと説明を始めた。
「先月、人間の世界の法律が変わったのです。動物法というのがね。」
犬はサムの言葉に耳を傾けた。
「ふむふむ、それで?」
サムは目を細めて続けた。
「それで…5歳以上の番犬は認められない事になりました。」
犬は驚いて立ち上がった。
「…それはどういうことだ?」
サムは答えた。
「つまり、老犬は保健所で処分されるのです。」
犬は驚きで言葉に詰まった。
「なっ…!!!」
サムは悲しそうな顔をして続けた。
「先週、私の知り合いも隣町の保健所で処分されました…。」
犬は震え、声を荒げだした。
「どうして…。我々が何をしたというのだ!」
サムは天を仰ぎ、こう呟いた。
「人間にとっては我々動物の命など惜しくないのでしょう。」
犬は涙を浮かべて叫んだ。
「俺はまだ死にたくない!死にたくないぞ!」
サムは落ち着いた口調で言った。
「…暴れない方がいいですよ。死が早まるだけです。」
犬はワナワナと震え、その場に伏せた。
「どうして…。うぅ…。」
サムは続けた。
「犬の代わりにセキュリティシステムを導入するよう、国が薦めているのです。」
犬は叫んだ。
「なんなんだ、そのセキュリティシステムってのは!」
サムは細かく説明をした。
「セキュリティシステムはセンサーで侵入者を探知すると、警報を鳴らします。」
犬は立ち上がって言った。
「それなら俺も同じ事ができるぞ!」
サムはうなずいて言った。
「そうですね。今はまだ出来るでしょう。でも、年を取ったら…どうでしょうか。」
犬はまた声を荒げた。
「できる!俺が侵入者を見逃すことは無い!」
サムはシーッと言い、さらに続けた。
「人間はそう思ってないようですよ。人間たちの取ったデータでは、
5歳以上の犬が寝ている時に侵入者に気付かない確率は70%以上だそうです。」
犬は首を横に振って必死な顔で言った。
「俺は、俺は大丈夫だ!俺は物音に敏感なんだ!」
サムはさらに続けた。
「それだけじゃありません。セキュリティシステムは通報もできるのです。
不法侵入を感知すると防犯カメラ映像が警察署にリンクされるのです。」
犬は耳を垂れ、歯を喰いしばり始めた。
「うぅぅ…。」
サムは犬の目を見て言った。
「もう時代が変わったのです。人間は番犬に頼らずやっていくのです。」
犬は呆然としていた。
その目には涙が浮かんでいた。
サムは言った。
「あなたも、処分される前に我々の組織に入りませんか?」
犬はサムを見て聞いた。
「グスッ…なんだい、その組織ってのは。」
サムは笑顔で答えた。
「捨てられた犬やネコが構成している地下組織があるのです。」
犬は突拍子も無い話に驚いた。
「犬とネコで地下組織だって?そりゃ本当か?」
サムは答えた。
「本当です。現在は全部で2000頭ほどでしょうか。法改正後はますます増えています。
人間は野良ネコの存在は認めますが、野良犬は認めません。
野良犬がいたら危険だと言って保健所に連れて行くのです。
そこで、ある賢い犬が人間の目に付かないように地下組織を作ったのです。」
犬は目を輝かせた。
「俺も!俺も連れて行ってくれ!」
サムは答えた。
「入るには幹部会の審査があります。鎖を外すので付いてきてください。」
犬は喜んだ。
「早く!早く外してくれ!」
サムは塀から降りて言った。
「その鎖、外せるんでしょうか…。」
犬は言った。
「わからない。俺も外せた事が無いんだ。」
サムは鎖の繋いである柵を見て言った。
「あぁ、これは私にはムリですね…。」
犬は焦って言った。
「そんな!なんとかしてくれ!」
サムは「うーん。」としばらく考え込んだ。
犬は黙ってその様子を見守っていた。
サムは思い出したかのように言った。
「隣の県にいるクロというネコなら外せるんですが…。」
犬は飛び跳ねてせがんだ。
「そのネコを連れてきてくれ!」
サムはオナカをさすって言った。
「私はもう4日も食べていないもので…体力が…。」
犬はすぐにエサの入った皿をサムに差し出した。
「これを食ってくれ!ウチはドッグフードじゃない、普通のご飯なんだ。」
サムは遠慮した。
「しかし、これはあなたのエサですので…。」
犬は首を振って言った。
「いや、俺は毎日食べてるからいいんだ!これを食ってそのネコを呼んで来てくれ!」
サムはうなずいて言った。
「それでは有り難くちょうだいします。」
犬はその様子を見て満足気にうなずいた。
「あぁ、食ってくれ。ウチのメシは美味いんだ。」
サムは笑顔で言った。
「あぁ、美味しいです。ネコの私でも美味しく感じますよ。」
犬は笑顔でうなずいた。
「そうだろう、そうだろう。さぁ、全部食ってくれ。」
サムはエサを平らげると、ひらりと塀に登った。
「それでは行って参ります。長旅になりますが、必ず戻ってきます。」
犬はサムを見てゆっくりとうなずいた。
「あぁ、頼んだぞ。」
翌年、犬は自分の誕生日が近付くにつれ、精神的に追い詰められて衰弱していった。
そして、誕生日は自分を祝ってくれる飼い主たちに怯えて過ごした。
誕生日が過ぎてから、彼はようやくサムに騙された事に気が付いたのだった。
2006/12/23
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