彼は幼い頃からその能力を持っていた。
最初にその能力に気付いたのは彼が5歳の時だった。
彼が積木で遊んでいると、母親がゴキブリに怯えてキッチンから逃げてきた。
「キャ〜!ゴキブリ、ゴキブリ〜!」
彼はゴキブリに向かって手をかざし、「やめろゴキブリ!居なくなれ!」と叫んだ。
するとゴキブリはパッと消え、母親は落ち着いた顔で料理を作っていた。
母親に「ゴキブリ消えた…。」と言うと、「ヤダッ!ゴキブリ!?ドコに居るの?」と言われた。
彼は「お母さん逃げてたでしょ?」と母親に言った。
母親は「ん?寝ぼけて夢でも見たの?」と笑った。
彼はわけもわからず茫然としていた。
(僕が寝ぼけたの?)
彼自身もその事を夢だったのかと思った。
しかし、外に出てアリに手をかざし、「消えろ」と言うと、アリは跡形も無く消え去った。
近所に住む友達にも見せたが、友達もアリが消えた瞬間にアリの事を忘れていた。
(居なかった事になるんだ。)
彼はそれからというもの、ハチに襲われそうになった時や、
ボールが木に引っ掛かってしまった時にその能力を使っていた。
彼が8歳の時、曲がり角で車が飛び出して来た。
車がぶつかりそうになった瞬間、彼は慌てて手をかざした。
車がぶつかるよりも彼が『消えろ』と念じるのが早かった。
車は消えて無くなった。
人を消したのは初めてだった。
胸がドキドキして恐ろしくなった。
真っ青な顔をして家に帰ると母親が心配した。
「どうしたの?気分が悪いの?」
彼は母親にギュッと抱き着いた。
「どうしたの?大丈夫?学校で何かあったの?」
母親は彼の顔を見てそう言った。
しかし、彼は「ちょっと甘えたかっただけだよ。」と言った。
(言っても信じてもらえないんだ。)
彼はそれからというもの、『能力』を使わなくなった。
なるべく使わないようにしようと決めたのだった。
彼は23歳になった。
大学で知り合った彼女と付き合って3年が経っていた。
いつからか、彼が一人暮らししている部屋に彼女が住むようになっていた。
彼は仕事を始めるようになり、彼女は彼の家から大学院に通っていた。
そんなある日、彼は仕事の途中に家の近くを通った。
『いきなり帰ったら彼女は驚くだろうな。』
彼はそう思い、家に帰ってドアを開けた。
そして居間のドアを開けると、ベッドに裸の男が居た。
その男の下で裸になった彼女がその男に大きく股を広げていた。
彼女は彼に気付いて驚いていた。
「あっ!」
彼はショックを受けた。
「ウソだろ…。」
その男も彼に気付いた。
そして「あぁ、彼氏?」とニヤけた顔を浮かべた。
彼は彼女に覆いかぶさっている男に殴りかかって行った。
「俺の彼女に何やってんだテメェ!」
バキッ
彼女は必死で彼を止めた。
「やめて!この人を殴らないでよ!私、この人が好きなの!」
その男は彼が呆然としている隙に殴り返してきた。
「オマエとは終わってんだよ!取られるオマエがバカなんだろうが!」
ズドッ
男は何度も何度も彼を蹴飛ばした。
ドカッ ドカッ
彼は壁に何度も頭を打ち付けられ、意識が遠のきかけた。
彼は男に向かって手をかざした。
「消えろ」
男は跡形も無く消え去った。
そして、次の瞬間――
彼女はいつものようにベランダで洗濯物を取り込んでいた。
彼女は彼が帰ってきた事に気付くと、笑顔で部屋に入ってきた。
「どうしたの?仕事中じゃないの?驚いたよ〜。」
彼は少しうつむいて
自分の胸に手を当て
こう念じた
「消えろ」
2005/04/20
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