俺のたわごと

ま、たわいのないことばっか書いてますけど暇なら見てね。
日々の考え事、昔の事などが書いてあります。

 343   水泳について。(高校生編)
 
高校に入って俺は再び、水泳部に入った。
 
弓道部にも一瞬惹かれていたが、『厳しいらしい』という噂を聞いて避けた。
俺は遊びの延長でなければスポーツはしたくなかった。
 
 
水泳部に入った同学年のヤツは12人だった。
女が5人、男が7人だった。
 
ちなみにチャー子と出会ったのもここだった。
(チャー子:仮名リスト&マニュアルプロローグ『言葉を飾れ』参照)
でも、今回はそれについては書かない。
 
そして同じ部のある女の子にも惚れられた。
それも今回は書かない。
いずれ、『俺の恋愛遍歴』で書くから待ってれ。
 
 
とりあえず、2年の連中は「今年は新入部員が多いなぁ。」と喜んでいた。
2年は6人くらいしか居なかったのだ。
 
 
そして2年の部長が俺たちを集めてこう言った。
「まずはオマエらのタイムを知りたい。フリーとブレストで50m泳いでくれ。」
 
俺は心の中で、
『オマエらだと?ヤンキーでもないパンピーのくせに上からモノ言ってんじゃねぇよ。
 2年になって部長にもなりたてだろうがコラ。偉そうに五分で口聞くなやボケが。
 何が【フリーとブレスト】だ。【クロールと平泳ぎ】って言えや。強豪でもねぇくせに。』
と思いつつもそれに従った。
 
 
それぞれがタイムを計り終えると、俺が一番速い事が分かった。
つまり、ウチの学年は恐ろしくレベルが低かったのだ。
 
俺は中学時代に一年の夏しか泳いでいない。
その鈍った体で一番速いと言う事は、他の人間は全員がド素人という事だった。
 
本気で水泳をやった経験のある人には大した事のないタイムだ。
「普通よりは速いねぇ。」といったレベルだと思う。
 
 
俺は先輩らに『オマエ、本気でやって大会を目指せよ。』と期待されたが、
自分は大会で入賞できるレベルにはなれない事がよくわかっていた。
 
小学校時代に特級クラスのガキが居たが、そいつは高校時代の俺よりも遥かに速かった。
水泳というモノは泳ぐ時間に比例して運動オンチの人間でも速くなる。
しかし、それ以上になると才能の有無が左右するのだ。
 
努力でもある程度はカバー出来るだろうが、俺は大会入賞に魅力を感じてはいなかった。
俺が水泳を続けたのは水の中が好きだからだ。
誰かと競うためにやってるわけじゃないし、速く泳ぎたいわけでもなかった。
海で溺れない程度のレベルがあれば良かった。
 
そして高校時代に部活にばかり励むのはイヤだった。
そんな事よりも俺は色んな経験をしたかったのだ。
バイト、バイク、女に明け暮れたかったのだ。
 
 
しかし、高校時代の部活は一言で言えば楽しかった。
ただ、練習をしたという記憶はあまり無い。
 
 
特に思い出に残っているのはプールサイドマージャンだ。
 
ビールケースを4つ持って来てベニヤを上に乗せ、そこに毛布を敷いて雀卓を作り、
プールサイドで青空の下、ジャラジャラとマージャンをやっていたのだ。
 
そのプールサイドマージャンでBという男が伝説を生んだ。
 
みんながふざけてカンをしまくった時があった。
ちなみに俺らはカンドラ、カン裏ドラもアリのルールでやっていた。
カンドラも含めてドラが4つ出ていた。
全て自前で揃えて裏ドラが乗るならドラは8つになる状況だった。
 
その時、Bはリーチしていた。
つまり、カン裏ドラも乗っかる状態。
 
そしてヤツはリーチから一巡目であっさり上がった。
上がり手はリーチ・ツモ・一発・ドラ12。
数え役満だった。
 
その後、しばらくの間は「リーチ一発ドラ12」が合言葉になっていた。
 
 
もう一つ、記憶に残っているのはビート板船の作成だ。
 
ビート板はタテとヨコが4:3くらいの比率になっている。
それをタテに4列×ヨコに3列で12枚並べる。
今度はその方向を90度変えて同じように4列×3列並べる。
これを3層繰り返すとめったな事では沈まない船が出来上がる。
 
その上に2人ほど乗っかってプールの真ん中の方に行き、
他の人間は水球用のボールでそれを攻撃するという遊びだ。
 
ボールを持って船の下に潜り、ボールを水中で離すとそれが魚雷になる。
そうやって攻撃するのが一番楽しかった。
遠くから投げるのは外した時に面倒なのであまりしなかった。
 
近くに飛び込んで波を立てて壊すというのもなかなかオツなものだった。
または乗員に水をかけてバランスを崩させるというのもアリだった。
 
そして船が完全に壊れて沈んでしまったら乗員交代。
みんなでまたすぐに組み直して次の順番の人間がまた乗って攻撃から船を守るのだ。
 
 
まぁそんなどうしようもない部だったが、冬に少しは筋トレもしていた。
俺はダルくて一度しか参加しなかったが。
 
俺は部活に来てもみんなのタイムを計ったり、長ブランコで遊んだりしていた。
冬はヤキイモや肉マンを買って食いながら見ていた。
そもそも、部活に来ない時の方が遥かに多かった。
 
たまに来てもチャー子と喋って遊んでるか、誰かとマージャンをしてるか、
軽く泳いで飽きたら帰るか、毛布に包まって寝てるかのいずれかだった。
 
 
それでもたまに来て泳げば一番速かった。
それに甘えて俺は練習なんか一切しなかった。
部活よりもバイト・バイク・女に夢中だったのだ。
 
 
そして高校2年のある日、俺が部室に遊びに行くと、Bが俺にこう言った。
「有也、俺と勝負してくれよ。俺、かなり速くなったぜ。」
 
俺は彼がどこまで速くなったのかを知りたくてOKした。
そして50mの平泳ぎで勝負する事になった。
 
 
結果は3秒差で俺の勝ちだった。
俺はBに「ハッハッハ!100万年早ぇ!」と言っておいた。
 
しかし、実際はかなりしんどかった。
あと一年もすれば俺は彼に追い抜かれるだろうと感じた。
 
Bの努力は尊敬に値するものだった。
彼は高校に入ってから水泳を始めたのだ。
それなのにもう俺に追いつきそうなレベルになっている。
『やはり、成長期の運動というのは飛躍的な伸び方をするんだなぁ。』と思った。
 
俺は彼に腕の掻き方のコツを教えて、それからは本気で泳ぐ事はなくなった。
負ける勝負はしたくなかったというのもあるが、それ以上に勝ち逃げしたかったのだ。
 
 
 
本気で泳ぐ事が無くなってから8年が経つ。
社会人になった俺は最近、ジムに通おうと思っている。
 
やっぱり水の中にいるのが好きだからだ。
三つ子の魂、百までとはよく言ったものだな。
 
 
2005/05/02


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