俺のたわごと

ま、たわいのないことばっか書いてますけど暇なら見てね。
日々の考え事、昔の事などが書いてあります。

 486   ジャージが好きだ。
 
ジャージが好きだ。
最高なのは先日紹介したcasvaのジャージだが、
コムサのホワイトジャージもかなりのお気に入りだ。
 
あまりに気に入ってるので、着るたびに細心の注意を払って手洗い。
ロゴが欠けたらイヤだし、信用できるクリーニング屋もない。
仮にクリーニング屋に頼んでゴタゴタになるのも面倒だし、
弁償させようにも既に売ってない品だから意味が無いし。
 
HIGH-STREETのベルベットのジャージは普段から着てるけど、
上記した2着は3回くらいしか着てない。
 
俺にとってはそれくらいに大事なジャージなのだが、
他人は「ジャージはジャージでしょ?」などと言われたりもする。
なんというか、物の価値のわからない哀れなブタやサルが多い。
 
そういうヤツはブランドのロゴがデカデカと付いてるだけの、
いわゆる下品なボッタクリ服でも有り難がってればいいのだ。
 
俺が服を選ぶ時に見るのは生地とシルエットと縫製だ。
ロゴがデカデカと付いてるのは好きじゃない。
 
自分の価値を認められない人間はそうやって他人の看板を背負って生きてればいい。
俺は自分に価値があると思っているので他人の看板は背負わない。
 
あくまでもデザインとして必要な範囲なら別だが、
ロゴだけに終始してしまっているようなモノはファッションじゃない。
それはただの広告媒体だ。
高い金を払って他人の宣伝をするなんて物好きも多いもんだ。
 
「みんなと一緒」とか「みんなの憧れ」とか、
『みんな』が好きな人種だから自分に自信が持てないんじゃないのか。
他人の目を執拗にまで気にして生きても、他人が何かしてくれるわけじゃない。
そうやって生きて行く末路は悲惨なもんだ。
 
自分だけの『好き』にこだわる事はすなわち人生を楽しむ事に繋がるのだ。
大衆の『好き』をなぞるだけでは先なんか無い。
 
とは言うものの、そういうバカのおかげで世の中が成り立ってる部分も大きい。
流行り廃りに流されて散財するバカがいなければ成り立たない業界も多い。
俺は流されるブタも流すキツネも両方とも嫌いだが。
 
だがしかし、そこに信念があれば別だ。
信念から至る行動は好きだ。
信念があれば何をしても良いと思う。
それこそが、人間としてあるべき姿だと思う。
 
物の価値は他人に決めてもらうものじゃない。
己が決めるものだ。
 
 
何が言いたいかっていうと、
ファッションセンターしまむらとその系列のAvailが好きってこった。
 
 
2007/07/08


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